RUSSIAN POLITICS / UENO'S SEMINAR
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このブログの管理人(上野俊彦)の見解は管理人個人のものであり、管理人の所属する上智大学を代表するものではありません。
広告は管理人および管理人の所属する上智大学とは無関係です。掲載されている写真はとくに断りがない限り管理人が撮影したものです。

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帰国のおみやげ
5月5日(土)午前1:23という深夜にウージュホロドを出発する寝台列車でキエフに向かいます。キエフ到着は、なんと19:30。実に、18時間、乗りっぱなし。同室の3人が3人とも夜明けに到着したリヴィウで降りてしまい、代わりに乗ってきたのは、若い男性1人です。なぜかわかりませんが、ときどき涙を浮かべながら食事をしています。立ち入ったことも聞けないので、推測ですが、身内に不幸があった様子。そして、朝食のあとは、昼間だというのに、ずっと毛布をかぶって寝ていました。私は、相変わらず、地図を見たり、資料を整理したりして時間を使っていましたから、退屈はしませんでしたが。

キエフでは、人に会ったりする合間に、帰国のお土産の買い物。スーパーで、パンやワンカップボルシチ、スープの素、調味料などの、こちらならではの食材(メーカーは日本でもおなじみのマコーミックとクノールです)とチョコレートのお土産を買いました。あとは自分用に、クリミアのマサーンドラ・ワイン。

5月8日(火)、帰国の途につきました。
| in Kyiv | 20:53 | comments(2) | - |
寝台列車
4月12日(木)、キエフ発17:51の列車でシンフェローポリ(Симферополь)に向かう予定になっています。ホテルのチェックアウトはたいてい12:00までですから、夕方まで荷物を持ったままどこかに行くというのも大変ですので、12日は朝食を済ませたあと、ホテルをチェックアウトして、列車の出発するキエフ駅に向かいます。とりあえずキエフ駅の手荷物預かり所に荷物を預けてしまおうというわけです。もちろん、荷物はチェックアウト後に、その泊まっていたホテルで預かってもらうことは可能です。しかし、そうすると、夕方、ホテルまで荷物を取りに来なければなりません。夕方は、地下鉄が込むので、それはあまり得策ではありません。夕方出発だとしても、まず出発する駅に朝のうちに行って、荷物だけ預けてしまうほうが、あとあと楽です。

さて、ホテルから最も近い地下鉄駅はマイダン・ネザレージュナスチ(Майдан Незалежностi 独立広場)駅です。しかし、その駅から乗る地下鉄の路線では、途中で乗り換えをしないと、長距離鉄道の発着するキエフ駅まで行けません。そこで、もう少し先まで歩いて、フレシャーチク(Хрещатик)駅まで行きます。フレシャーチク駅から地下鉄に乗れば、乗り換えなしでキエフ駅まで行けるからです。ホテルから地下鉄のフレシャーチク駅まで行くには、独立広場を横切っていくことになります。独立広場は、昼頃からは観光客やら集会に集まる人たちやら、その人たちを目当てに集まる露天のお土産やさんやらで賑やかになるのですが、午前9時頃は職場に急ぐ人たちがいるぐらいで静かです。私はキャリングケースをごろごろ言わせながら、独立広場を横切り、フレシャーチク通りを横切って、フレシャーチク駅まで行きました。

ジェトンを買って、構内に入ります。モスクワも、ペテルブルクも、キエフも、地下鉄は地下の深いところにあるので、長いエスカレーターに乗ってホームに下ります。地下鉄のフレシャーチク駅から3つ目のヴァグザーリナ(Вокзальна)駅が鉄道駅の最寄の駅です。ちなみに、「鉄道駅」はウクライナ語ではЗалiзничний вокзалと表記します。ロシア語ではжелезнодорожный вокзалですから、かなり違いますね。

キエフ駅の手荷物預かり所(ウクライナ語ではкамера сховуまたはкамера зберiгання; ロシア語ではкамера хранения)は、地下1階にあります。駅舎内に入らず、駅舎の正面玄関の外側の両脇にある階段(右側でも左側でも同じ)で地下へ降りるとすぐに手荷物預かり所があります。コインロッカー(ロシア語ではкамера хранения автомат)も手荷物預かり所の裏手にありますが、私は、手荷物預かり所に預けました。キエフ駅の手荷物預かり所は、かなり大きく、窓口が3つ並んでいました。先にカッサ(ウクライナ語ではкасаでロシア語のкассаと微妙につづりが違います)でお金を払ってレシートを受け取り、そのレシートを窓口の係りの人に見せて荷物を預けます。料金は、荷物の大きさによっても違いますが、駅によってもまちまちでした。だいたい、5〜8フリヴニャ(125〜200円)くらいです。荷物を預けると、番号札をくれます。もちろん、荷物を受け取るときに、その番号札を返して荷物を受け取るのです。列車は深夜や早朝にもあるので、手荷物預かり所は24時間営業です。0:00をまたぐと、2日分の料金が取られるようです。

寝台列車で駅に着くと、たいていは朝ですから、ホテルのチェックインまで時間があるので、まず手荷物預かり所に荷物を預けるということを私は列車で移動した先々の駅で繰り返しましたが、手荷物預かり所がどこにあるかは、比較的、簡単にわかります。どの駅でも、駅舎内に、カッサ(切符を買う窓口)、トイレ、手荷物預かり所などの場所を示す案内板があるからです。案内板の表示はイラストが描いてあるので、ウクライナ語がわからなくても、意味はわかります。手荷物預かり所はカバンのイラストが描いてあります。ただし、なぜか手荷物預かり所は、駅舎の地下にあったり、駅舎から離れたホームの端にあったり、割と行きにくく、目立たない場所にあります。ですから、手荷物預かり所それ自体をやみくもに探そうとしてもなかなか見つかりません。まずは駅舎内の案内表示を落ち着いて見ることが大事です。案内表示が見つからなかったら、制服を着た鉄道職員を探して、聞いてみるしかありませんが、大きな駅なら必ず案内表示があります。

さて、4月12日、こうして私はキエフ駅に荷物を預けたあと、すでに書いたように、国立ウクライナ歴史博物館と大祖国戦争戦勝記念碑を見に行ったのですが、列車は17:51発ですので、まだ明るいうちに、駅まで戻って、荷物を受け取りました。キエフ駅は、各ホームの上の跨線橋部分が待合所になっていて、それぞれのホームに下りる階段のところに電光掲示板があって、列車の発着、入線状況がすぐにわかるようになっています。自分の乗る列車が何番線から出発するのかという情報は、駅舎内の電光掲示板に表示されますので、それを確認してから、跨線橋の待合所の出発ホームに降りる階段付近のベンチに座って、列車の入線を待ちました。長距離列車は、出発時刻の30分ないし1時間前にはホームに入線するようです。私の乗る列車は、17:00過ぎに入線しました。私はすぐに乗り込みました。

下の写真は鉄道の切符です。1行目の数字、左から見ていくと、まず012は私の乗る列車の列車番号、12.04は4月12日のこと、17.51は発車時刻、06はワゴン(車両)番号、Лはлюкс(デラックス、つまり1等車の意味)の略号です。2行目に、キエフ−シンフェローポリと書いてあります。3行目にМIСЦЯ 003とあるのが、座席(寝台)番号です。МIСЦЯはロシア語のместоのことです。5行目に私の名前が印字されています。日本では鉄道の切符には名前が印字されるということはないので、まるで航空券みたいですね。6行目に切符の値段が書いてありますが、501.35フリブニャとあります。日本円にして12,500円くらいですから、決して安くありません。なお、切符の上部中央部分が欠けているのは、車掌さんがちぎったあとです。ウクライナの長距離鉄道では、発車後に車掌さんが検札に来るのですが、そのとき車掌さんは切符を預かります。そして、下車する駅が近くになったときに切符を返してくれます。ちなみに、長距離鉄道の切符は、時期や路線にもよりますが、本数が少ないので、売切れてしまうこともあり、なるべく早く購入する必要があります。短期間に次々と移動していく場合には、あらかじめすべての切符を旅行代理店などを通じて日本で予約を入れておく必要があると思います。今回、私は、ホテルと長距離鉄道切符は、日本で、旅行代理店を通じてすべて事前に予約しておきました。そして、ウクライナに入国して最初に滞在するキエフで、国内の長距離鉄道の切符をすべて受け取るようにしておきました。

下の写真は寝台列車の内部です。ごらんのように、1等車の場合は、1部屋(コンパートメント)に2人です。2等車は2段ベッドで4人一部屋となります。なお、この写真の列車は、オデッサからリヴィウまで移動するときに乗車した列車の内部です。写真をクリックすると大きな写真を見ることができますレースのカーテンに「リヴィウ」と書いてありますね。外から読むようになっているので、室内からは文字が逆になって見えます。今回の旅行では、寝台車に5回乗車しました。そのうち、3回は1等車、2回が2等車でしたが、いちばん綺麗な列車が、このオデッサ−リヴィウ間で乗車した1等車でした。感激のあまり写真を撮りました。

| in Kyiv | 21:51 | comments(2) | - |
キエフ住宅事情
写真をクリックすると大きな写真を見ることができますキエフでは、というかウクライナ全国で建設ブームという感じでしたが、キエフではとくに高層アパートの建設があちこちですすめられていました。左の写真は、古いアパートの後ろ側に高層アパートが建っている写真ですが、新旧の対比が面白いなと思いました。この写真は、実は、ウクライナを一回りしてキエフに戻った5月始めに撮ったものなので、もう並木が青々しています。

下の写真は、大祖国戦争戦勝記念碑からドニプロ川と反対の方向に振り返って写したものですが、高層アパートが文字通り林立しているのがよくわかります。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます

一方、モスクワ市内などではあまり見られない個人住宅もキエフ市内ではけっこう目にします。お金持ちの家だと思いますが、下の写真のような傾斜地などに、ときどき個人住宅を見かけます。近くを通りかかると大きなガレージがあって、高級車を2台とめていたりします。もちろんキエフは首都ですから、地方都市や農村の建設ブームとは違って、立派なアパートがたくさん建っています。地方都市や農村では、もちろんそんなにきらびやかではありません。それは、またあとで、紹介します。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます
| in Kyiv | 15:52 | comments(2) | - |
大祖国戦争戦勝記念碑
写真をクリックすると大きな写真を見ることができます4月12日(木)、国立ウクライナ歴史博物館を見たあと、大祖国戦勝記念碑(左の写真)を見に行きました。この記念碑自体は大きいだけでどうってことはないのかもしれませんが、ドニプロ川沿いの高台にあって眺めがいいというので行ってみました。

確かに眺めはいいのですが、時おり小雨がぱらつくあいにくの天気で視界が今ひとつでした。ドニプロ川に架かるパトン橋と向こう岸の住宅群が見えます。
写真をクリックすると大きな写真を見ることができます
| in Kyiv | 15:34 | comments(0) | - |
国立ウクライナ歴史博物館
4月12日(木)、国立ウクライナ歴史博物館(下の写真)に行きました。地味な建物で、そう大きくもありません。展示室は3層構造になっていて、ウクライナの自然についての展示、考古学的資料などが展示されているほか、古代・中世・近現代のウクライナ地域の歴史の概要が把握できるような展示があります。近現代の歴史についての展示は、表面的でつまらないと思いました。しいて興味深いものと言えば、ソ連崩壊後のウクライナの政治についての展示でしょうか。歴代大統領の写真、とくにユーシェンコ現大統領の写真が大きく飾られていました。のちに見ることになったリヴィウの歴史博物館などに比べて、ウクライナ民族主義をとくに強調しているという印象はあまり受けませんでした。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます
| in Kyiv | 12:26 | comments(0) | - |
民族建築・生活博物館
4月11日(水)、キエフ市郊外にある民族建築・生活博物館に行きました。地下鉄のリビドシカ(Либiдська)駅から156番のマルシュルートカ(маршрутка)に乗って行きます。このマルシュルートカというのは口語で、ロシア語ではマルシュルートノイ・タクシー(маршрутное такси)の略語ということになっています。研究社露和辞典では「(一定路線を走る)乗り合いタクシー」と説明されていますが、路線上であれば、停留所以外でも停まってくれるミニバスと考えたほうがわかりやすいと思います。走るルートが決まっているし、定時運行されているわけですから、やはりタクシーとはぜんぜん違います。このマルシュルートカの料金は、キエフでは、1フリヴニャ50コピーカです。乗車したらすぐに運転手さんに料金を払います。

さて、民族建築・生活博物館は、広い敷地内に、古い民家や木造教会などを再現して、伝統的な生活様式や風俗を展示している野外博物館です。キエフ滞在中は、天気が変わりやすく、晴れ間が長続きしない日が多かったのですが、それでもこの日は比較的天気が良く、すがすがしい春の風が吹き抜ける屋外で緑を見ながら、お昼を食べました。
写真をクリックすると大きな写真を見ることができます

木造の教会です。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます

実際に農作業などをしている人たちがいます。このおばあさんは道をならしているところです。
写真をクリックすると大きな写真を見ることができます

このように風車がいくつかありましたが、これは形だけで、実際には回っていませんでした。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます
キエフ郊外はまだ早春といった趣で、木々の緑もまだまだという感じでしたが、それでも春の訪れを告げる桜(ロシア語もウクライナ語も「ヴィーシニャвишня」と言います)が咲き始めていました。ウクライナのヴィーシニャは、日本のソメイヨシノと違って、若葉と一緒に開花するものが多いので、若葉の緑と混じって遠め目にはやや黄色がかって見えたりするものもありますが、近くに寄ってよく見ると白い花です。この写真は、たまたま咲いていたものを見つけて写したのですが、キエフのヴィーシニャは全体としてはまだまだという感じでした。この日から2週間ほどして以降のリヴィウやザカルパチアでは満開でしたし、5月始めに再びキエフに戻ってきたときには、あちこちのヴィーシニャが満開でした。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます
| in Kyiv | 12:12 | comments(0) | - |
キエヴォ・ペチョールシカ大修道院
4月10日(火)、キエヴォ・ペチェールシカ大修道院(Киево-Печерська лавра)の見学に行きました。この修道院はとても広く、境内には非常に数多くの堂塔が立ち並び、いずれもたいへん立派で美しい建物です。

しかし、この修道院がとくに興味深いのは、ドニプロ川の河岸段丘の崖を利用した長い洞窟があり、その洞窟がいわゆる地下墓地になっていることです。この地下墓地は、もちろん聖なる場所なので、男女を問わず、タンクトップやハーフパンツなど肌を露出した服装で中に入ることはできません。また女性は必ず頭にスカーフをかぶらなければなりません。

人が一人通るのがやっとという、細くて迷路のように長く続く真っ暗な洞窟の中のところどころに、ミイラ化して聖者となった棺が置かれています。それらの棺をローソクを手にした善男善女が巡礼していきます。人々は棺に口づけをし、ときに感動の涙をさ写真をクリックすると大きな写真を見ることができますめざめと流しています。異教徒の私は、そうした光景に、ただただ、たじろぐばかりです。

しばらく歩いていくと、暗闇の中に修道僧とおぼしき若者が立っていて、突然、私に「あなたは正教徒ですか」と尋ねてきました。「いいえ、私は仏教徒です」と答えると、「どこから来たのですか」と重ねて尋ねられたので、「日本からやってきました」と答えました。すると彼は、「ここから先の場所は、本当は、正教徒しか入れないのですが、わざわざ遠いところからおいでになったのですから、私が案内をして差し上げましょ写真をクリックすると大きな写真を見ることができますう」と言い、私を導いて洞窟の奥深くまでいろいろ説明しながら案内してくれました。一瞬、追い出されるのかと思いましたが、それは取り越し苦労でした。

写真は、上から順に、修道院入り口にあたる聖三位一体教会、大鐘楼、ウスペンスキー大聖堂、トラペズナ教会。いちばん下の写真は、手前右が「近い洞窟」入口、左下がハリストス聖十字架教会、向こうの丘の上の左に「遠い洞窟」入り口、右に至聖生神女生誕教会(左側の背景はドニプロ川に架かるパトン橋と川向こうの郊外住宅地)。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます写真をクリックすると大きな写真を見ることができます写真をクリックすると大きな写真を見ることができます
| in Kyiv | 01:09 | comments(0) | - |
キエフの市内交通事情
キエフ市内の交通事情は、ロシアのモスクワやサンクト・ペテルブルクとさほど変わりません。昨年のロシア旅行のときに書いたように、市電(трамвай)やバス(автобус)、トロリーバス(тролейбус、ロシア語のтроллейбусと微妙に綴りが違います)などの路線図と路線番号の入った詳細な地図(左の写真)を買って、目的地には地下鉄のどの駅で降りたらよいか、市電、トロリーバス、バスのどの路線を利用したらよいかを考えます。ちなみに、左の地図のмiський транспортのмiськийは、「市の」という意味の形容詞、つまり、ロシア語のгородскойのことです。

地下鉄は、サンクト・ペテルブルクなどと同様に、ジェトン(жетон)を自動改札機(контролёр-автомат)に入れて地下鉄構内に入り、何回乗り換えても、どこまで行っても、外に出ない限りは均一料金というシステムです。キエフの地下鉄のジェトン(写真左の青いコイン状のもの)はぺテルブルクのもの(写真左の金色のコイン状のもの)に比べてかなり安っぽいプラスティックです。まるで子ども用ゲームのチップのようです。偽造も簡単そうですが、偽造するのもばかばかしいほど安く、1枚50コピーカ(копiйка)(日本円にして、約12.5円)です。

ちなみに、ウクライナの貨幣単位は、1フリヴニャ(гривня)=100コピーカ(約25円)になっています。フリヴニャやコピーカの部分は、ロシア語のルーブリ(рубль)やカペイカ(копейка)同様、前にくる数字によって変化します。

市電、トロリーバス、バスなどは、モスクワのようなワンマンカーで車内に自動改札機があるタイプのものは見かけませんでした。ほとんどの場合、車掌さんから切符(квиток)を買って乗客が自分で車内のパンチを使って切符に穴を開けるか、車掌さんが手で破り目を入れてから手渡してくれるかのどちらかです。切符の料金は地下鉄と同様、50コピーカです。左の写真の2枚は、たまたま色が違いますが、両方とも市電、トロリーバス、バス、ケーブルカー(фунiкулер)共通の切符です。上端の黒っぽく見える部分は、偽造防止のために切符の紙に漉き込んである薄い金属箔です。こんなに安いのに、ずいぶんコストをかけて偽造防止をしていますね。

ところで、いま上で書いたように、キエフ市内にはケーブルカーがあるんです(下の写真)。キエフは、ドニプロ川の河岸段丘の上に築かれた砦から発展した都市なので、河岸段丘上の高台の部分(山の手)と、川の氾濫原に発展した部分(下町)とに分かれています。この山の手と下町のあいだにある急坂にケーブルカーができているのです。たいした長さではありませんが、それでも、それなりの観光名所になっています。私も乗ってみましたが、東京郊外の八王子にある高尾山のケーブルカーのほうが、ずっとすごいと思います。しかし、まあそれなりに面白いものです。ちなみに、オデッサにもケーブルカーがありましたが、オデッサのほうはもっと距離が短く、あまりたいしたこともなさそうなので乗りませんでした。オデッサのケーブルカーは、あの有名なエイゼンシュテインの映画『戦艦ポチョムキン』に出てくる大階段の隣にあります。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます

キエフの市街が乗っている河岸段丘の斜面部分は、単純にドニプロ川と平行しているのではなく、けっこう入り組んでいて、キエフ市内には、ドニプロ川から直角に入り込んだ谷の部分もあります。ちなみにフレシャーチク通りは谷の部分にある通りで、フレシャーチク通りの両側はともに登坂になっています。下の写真を見ると、山の手と下町の谷の部分の感じがわかってもらえるのではないでしょうか。手前の家並みの部分が台地に入り込んだ谷の部分です。結構、急斜面ですね。中世のキエフの町を描いた絵などを歴史博物館などで見ましたが、確かに、ドニプロ川沿いの急峻な崖の上の台地に砦が築かれているのです。それでも、モンゴルの攻撃には耐えられなかったのですが。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます
| in Kyiv | 22:00 | comments(0) | - |
キエフでの政治集会
NHさんの車から見る街並みは、春というよりは、まだ冬の終わり頃といった様子で、キエフ自慢の並木もまだ冬枯れの状態です。休日のためか市内中心部にあるホテルには30分ほどで着きました。いったんチェックインしてから、NHさんとご一緒に夕食をとり、この日はすぐに寝ました。

翌4月10日(火)、まずは市内の街歩きをしました。ホテルは独立広場(Майдан Незалежностi)に面しているのですが、その独立広場では、おりしも市民の政治集会が行われていました。親米派のユーシェンコ大統領と親露派のヤヌコヴィッチ首相との対立を背景に、大統領と議会野党との対立が重なって、国内政治情勢は再び流動化の兆しを見せ始めたのです。独立広場に集まっていた市民は、ヤヌコヴィッチ支持者たちでした。2004年12月にキエフを訪れたときは、いわゆる「オレンジ革命」のさなかで、フレシャーチク通り(Вулиця Хрещатик)にテント村が出現していましたが、今回はフレシャーチクにはテント村はありませんでした。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます写真をクリックすると大きな写真を見ることができます

それではユーシェンコ支持者たちはどこに集まっているのかというと、独立広場からそう遠くない大統領官邸前です。ご覧のとおり大統領官邸前の集会は、ブルーと黄色のウクライナ国旗のほかは、オレンジ一色です。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます

国会(Верховна Рада)前でもデモが行われていました。写真をクリックすると大きな写真を見ることができます

そしてテント村は、この国会のすぐ近くの公園にできていました。国会周辺のデモ隊やテント村の勢力は、ヤヌコヴィッチ支持派ほかの野党支持者たちでした。動員力を見る限りは、ユーシェンコ大統領派ではなくて、ヤヌコヴィッチ派と野党勢力のほうが、優勢です。テント村の横断幕には、ユーシェンコ大統領の議会解散についての大統領令に反発しているのか、「最高ラーダ(国会のこと)は国民の選挙で選ばれたものだ」といった文字が見えます。
写真をクリックすると大きな写真を見ることができます
| in Kyiv | 18:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
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