2008.06.24 Tuesday
ロシアの「戸籍」?
ロシア語の略語(сокращение)に「ザクス」(ЗАГС)というのがあります。записи актов гражданского состояния のそれぞれの単語の頭文字をとったものです。
「ザクス」(ЗАГС)は、ロシア国民が、出生、転居、結婚など、住所や身分の変更があった場合に届出をする役所のことです。日本で言えば、市役所や区役所の市民課などに当たるものだと思います。
したがって、この「ザクス」(ЗАГС)の訳語は、「住民登録所(部、課)」などが適当かなと思っていました。ところが、先日、露和辞典を引いていて、たまたまЗАГСの訳語が目に留まり、びっくりしました。
私が常用している露和辞典は、日本で出版されている露和辞典の中で、今のところ一番見出し語が多く用例も豊富な『研究社露和辞典』(初版、1988年)です。ちょうど20年前の、まだソ連の時代に出版されたのですから、やや古いのですが、この辞書よりも見出し語が多く用例の豊富な辞典が出ていないので、この辞書をいまだに愛用しています。
さて、その『研究社露和辞典』では、ЗАГСの訳語が、「戸籍登録課」となっていたのです。えっ? ロシアに戸籍? 驚きました。そもそもロシアに戸籍なんてあるのでしょうか?
私は急いでほかの露和辞典も見てみました。そして、また驚きました。『コンサイス露和辞典』(第5版、2003年)も『博友社ロシア語辞典』(改定新版、1995年)も、ЗАГСの訳語を「戸籍登録課」としているのです。
これはやはりおかしいです。間違いだと思います。なぜ、「戸籍登録所」という訳語が間違いであるかというと、そもそも、「戸籍」は、「戸」単位で住民を管理する制度で、古代中国の律令制に由来します。したがって、この制度は、中国の律令制を輸入した東アジア諸国においてしか存在したことはなく、現在では、日本以外では、おそらく台湾および韓国などにしか存在していないと思います(私の不勉強で申し訳ないのですが、すでに台湾は個人ID制となっているらしいので、戸籍は形骸化しているかもしれません。韓国は2008年に廃止との話を聞いたことがありますが、その後の動向は知りません)。
しかも、「戸籍」制度は、人権の観点から、いろいろ問題のある制度で、それゆえ廃止されるべきだとの意見も少なくない制度です。
他方、多くの国では、個人単位の身分登録が一般的で、ロシアの場合も、身分登録証をпаспортと呼ぶため「パスポート制」と呼ぶことがありますが、これは欧米において一般的な個人単位のID制度であり、ソ連時代から踏襲されています。
ちなみに、政治・法律分野の専門辞書である稲子恒夫『政治法律ロシア語辞典』(ナウカ、1992年)では、ЗАГСは「身分事項登録部」となっています。少し杓子定規な直訳だと思いますが、正しい訳語だと思います。
とにかく、現在の日本の代表的な露和辞典である『研究社露和辞典』、『コンサイス露和辞典』、『博友社ロシア語辞典』が、ЗАГСの訳語を、こぞって「戸籍登録課」としているのは、問題です。これは、いずれも辞書の編纂者が「戸籍」というものについての基礎知識を欠いていたために生じた初歩的間違いで、それが訂正されないまま踏襲されているということなのでしょうか。
確かに、辞書中の専門用語の訳語は、その分野の専門家からすると、不正確だったり、間違いだったりすることが少なくありません。しかし、私は、「戸籍」は律令制に由来するので、中国文化圏つまり東アジアにだけ存在するものと考えてきたし、それが常識だと思ってきたのですが、そう考えている人は少ないのかな、と改めて思い知りました。
なお、同じ研究社でも、『和露辞典』(2000年)のほうは、「こせき」の見出し項目に「ロシアには日本の戸籍と同じものはない」と明記してあるので、良心的です。
日本では当たり前でも、外国では、当たり前でないことは、当然のことですが、たくさんあります。注意しなければなりませんね。
「ザクス」(ЗАГС)は、ロシア国民が、出生、転居、結婚など、住所や身分の変更があった場合に届出をする役所のことです。日本で言えば、市役所や区役所の市民課などに当たるものだと思います。
したがって、この「ザクス」(ЗАГС)の訳語は、「住民登録所(部、課)」などが適当かなと思っていました。ところが、先日、露和辞典を引いていて、たまたまЗАГСの訳語が目に留まり、びっくりしました。
私が常用している露和辞典は、日本で出版されている露和辞典の中で、今のところ一番見出し語が多く用例も豊富な『研究社露和辞典』(初版、1988年)です。ちょうど20年前の、まだソ連の時代に出版されたのですから、やや古いのですが、この辞書よりも見出し語が多く用例の豊富な辞典が出ていないので、この辞書をいまだに愛用しています。
さて、その『研究社露和辞典』では、ЗАГСの訳語が、「戸籍登録課」となっていたのです。えっ? ロシアに戸籍? 驚きました。そもそもロシアに戸籍なんてあるのでしょうか?
私は急いでほかの露和辞典も見てみました。そして、また驚きました。『コンサイス露和辞典』(第5版、2003年)も『博友社ロシア語辞典』(改定新版、1995年)も、ЗАГСの訳語を「戸籍登録課」としているのです。
これはやはりおかしいです。間違いだと思います。なぜ、「戸籍登録所」という訳語が間違いであるかというと、そもそも、「戸籍」は、「戸」単位で住民を管理する制度で、古代中国の律令制に由来します。したがって、この制度は、中国の律令制を輸入した東アジア諸国においてしか存在したことはなく、現在では、日本以外では、おそらく台湾および韓国などにしか存在していないと思います(私の不勉強で申し訳ないのですが、すでに台湾は個人ID制となっているらしいので、戸籍は形骸化しているかもしれません。韓国は2008年に廃止との話を聞いたことがありますが、その後の動向は知りません)。
しかも、「戸籍」制度は、人権の観点から、いろいろ問題のある制度で、それゆえ廃止されるべきだとの意見も少なくない制度です。
他方、多くの国では、個人単位の身分登録が一般的で、ロシアの場合も、身分登録証をпаспортと呼ぶため「パスポート制」と呼ぶことがありますが、これは欧米において一般的な個人単位のID制度であり、ソ連時代から踏襲されています。
ちなみに、政治・法律分野の専門辞書である稲子恒夫『政治法律ロシア語辞典』(ナウカ、1992年)では、ЗАГСは「身分事項登録部」となっています。少し杓子定規な直訳だと思いますが、正しい訳語だと思います。
とにかく、現在の日本の代表的な露和辞典である『研究社露和辞典』、『コンサイス露和辞典』、『博友社ロシア語辞典』が、ЗАГСの訳語を、こぞって「戸籍登録課」としているのは、問題です。これは、いずれも辞書の編纂者が「戸籍」というものについての基礎知識を欠いていたために生じた初歩的間違いで、それが訂正されないまま踏襲されているということなのでしょうか。
確かに、辞書中の専門用語の訳語は、その分野の専門家からすると、不正確だったり、間違いだったりすることが少なくありません。しかし、私は、「戸籍」は律令制に由来するので、中国文化圏つまり東アジアにだけ存在するものと考えてきたし、それが常識だと思ってきたのですが、そう考えている人は少ないのかな、と改めて思い知りました。
なお、同じ研究社でも、『和露辞典』(2000年)のほうは、「こせき」の見出し項目に「ロシアには日本の戸籍と同じものはない」と明記してあるので、良心的です。
日本では当たり前でも、外国では、当たり前でないことは、当然のことですが、たくさんあります。注意しなければなりませんね。