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国際情勢にも目をつぶって従来の(憲法)解釈に固執するのは政治家としての責任の放棄?
2015年6月19日付の新聞報道によれば、「安倍晋三首相は18日、衆院予算委員会の集中審議で、集団的自衛権の行使容認を盛り込んだ安全保障関連法案について、『国際情勢にも目をつぶって従来の(憲法)解釈に固執するのは政治家としての責任の放棄だ』と述べた」という。

時代の推移により情勢が変化した場合、憲法や法律の改正をせずに解釈を変更していては、憲法や法律の持つ規範的意味を喪失してしまう。したがって、安倍総理の言葉が、「国際情勢にも目をつぶって従来の(憲法)条文に固執するのは政治家としての責任の放棄だ」というのであれば理解できる。

くり返して言う。憲法は公権力の専横から国民の権利を守るために存在する。つまり、憲法は公権力の担い手たる政府や政治家を縛るものである。これが立憲主義の考え方だ。

したがって、政府は、憲法や法律が現状に合致していないと考えるのであれば、憲法改正や法改正を目指すべきであり、憲法改正に国民投票の手続がある以上、憲法改正の必要性を国民に説明し、国民の支持を得て憲法改正をすべきである。それこそが政治家の責任である。

そのときどきの公権力が、憲法の解釈変更により、憲法の条文から逸脱するとすれば、民主主義の根幹たる近代立憲主義を無視した文字通りの公権力の専横と言わざるをえない。
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