RUSSIAN POLITICS / UENO'S SEMINAR
Home Profile Lecture Books BBS Diary Gallery Link Site Map
Diary  コメントは気軽に。

このブログの管理人(上野俊彦)の見解は管理人個人のものであり、管理人の所属する上智大学を代表するものではありません。
広告は管理人および管理人の所属する上智大学とは無関係です。掲載されている写真はとくに断りがない限り管理人が撮影したものです。

CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
ARCHIVES
● 〜 January 22, 2006

CATEGORIES
MOBILE
qrcode
<< 安保法制は違憲なのに自衛隊は合憲なの? | main |ウクライナについて(この2か月のTwitterから) >>
デザイン優先で、コストは当初から「課題」だった、新国立競技場設計案
7月6日に facebook上で新国立競技場のデザインを「醜悪とさえ思える」と書きましたが、学生さんからよいデザインだという意見も聞きました。いずれにせよ、デザインの問題は好みの問題があり、議論の本質的な問題ではありません。ただ、デザインについて言えば、上空からの鳥瞰パースが完成予想図として使用されていることが多いのですが、完成後に人々が実際に見るのは、地上からアクセスするときの視線です。

さて、議論の本題に入りますが、今日の安藤氏の記者会見の際に配布された資料( http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150716-00000003-wordleaf-soci )によると、「『1300億円の予算』、『神宮外苑の敷地』、オリンピック開催に求められる『80,000人の収容規模』、スポーツに加えコンサートなどの文化イベントを可能とする『可動屋根』といった、これまでのオリンピックスタジアムにはない複雑な要求が前提条件としてありました」と書かれています。 ところが、ザハ・ハディド氏の案が選ばれた理由としては次のように書かれています。

「審査で選ばれたザハ・ハディド氏の提案は、スポーツの躍動感を思わせる、流線形の斬新なデザインでした。極めてインパクトのある形態ですが、背後には構造と内部の空間表現の見事な一致があり、都市空間とのつながりにおいても、シンプルで力強いアイディアが示されていました。とりわけ大胆な建築構造がそのまま表れたアリーナ空間の高揚感、臨場感、一体感は際立ったものがありました」。

つまり、重視されたことがデザインであるということがわかります。そして、さらに次のように書かれています。

「一方で、ザハ・ハディド氏の案にはいくつかの課題がありました。技術的な難しさについては、日本の技術力を結集することにより実現できるものと考えられました。コストについては、ザハ・ハディド氏と日本の設計チームによる次の設計段階で、調査が可能なものと考えられました」と述べられています。

以上のことから、ザハ・ハディド氏の案は、デザインで選ばれ、「技術的な難しさ」と「コスト」は当初からの課題だった、ということなのです。

個人の住宅と比較するのが適切であるかどうかわかりませんが、私が2001年に自宅を建築したとき、まず初めに予算があり、その予算の範囲内で、デザインや機能などの面で、最善のプランを考えるために、建築家の方と一緒に何度も協議し、調査・研究し、約半年の時間をかけて設計プランを作成しました。予算が無尽蔵でない以上、まずコストがあり、その範囲でしかつくれないのです。

ところが、新国立競技場はどうでしょう。コストや技術(技術によりコストも決まります)は後回しで、デザインが選定の決め手になっています。まったくあり得ないことです。安藤忠雄氏を初めとして、この新国立競技場の建設に係わっている方たちが、まず予算ありき、つまり国民の税金によってつくられるのだ、ということについてどれだけ考えたのでしょうか。
| comments | 13:15 | comments(0) | - |
スポンサーサイト
| - | 13:15 | - | - |
コメント
コメントする










Copyright (c) UENO Toshihiko 2002-2014 All Rights Reserved.