RUSSIAN POLITICS / UENO'S SEMINAR
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ウクライナ情勢Twitter(3月6日)まとめ
3月6日に書いたTwitterのまとめです。多少「てにおは」を修文しています。

ヤヌコーヴィチ前大統領は、投票率66.52%だった2010年1月17日の大統領選挙で、得票率35.32%の第1位だった。しかし、得票率50%以下だったため、法律に従って、得票率25.05%で第2位となったティモシェーンコ元首相と2月7日の決選投票が行われ、ヤヌコーヴィチは、得票率48.95%で当選した。

この4年前の事実は何を意味するか? それは、ウクライナ国民がヤヌコーヴィチを大統領に選んだということだ。そして、2014年2月にキエフで起こったことは、その大統領を一部の勢力がウクライナから追放したということだ。ヤヌコーヴィチの肩を持つわけではない。これらの事実を確認したいだけだ。

しかし、いまは、このヤヌコーヴィチを追い出したことをウクライナ国民の多くが支持しているようだ。正確には、どのくらいの国民かは知らないが、多分、多数なのだろう。

ヤヌコーヴィチ邸のシャンデリアが日本円にして42億円だとかどうとかということが事実かどうか知らないが(事実だとしたら電器屋にボラレたもんだ)、追放されたのだから、ひどい汚職や失政がきっとあったのだろう。ということは、裁判所や検察や選挙は、この国では当てにならないということだ。

もし裁判所や検察がまともなら汚職は犯罪として罰せられるし、選挙がまともに行われるのなら、汚職や失政の責任のあるヤヌコーヴィチは次の選挙で落選したはずだ。なぜ次の選挙まで待てなかったのか? しかもヤヌコーヴィチは追放直前に前倒し大統領選にも同意していたが。

私には、この国の裁判所や検察(例えば、行政訴訟が行われているのか)や、選挙制度や政党制度などのほうが気になる。ヤヌコーヴィチが別の大統領に代わっても、国民の一人一人が代わるわけではない。裁判官は裁判官だし、政治家は政治家だ。騒ぐのは簡単だが、こういう国を統治することは大変だ。
| about Ukraine | 10:25 | comments(0) | - |
ウクライナ情勢Twitter(3月1〜2日)まとめ
3月1〜2日に書いたTwitterのまとめです。多少「てにおは」を修文しています。

3月1日、プーチン大統領がロシア連邦会議(上院)に、ウクライナ領内での軍隊の使用について提案した。ロシア上院は、クリミアでのロシア軍の使用についてのプーチン大統領の提案を全会一致で採択した。慎重意見がなかったのは、選挙で選ばれた大統領を実力で追い出した(目的の実現のためには手段を選ばない)ウクライナの過激な民族主義に対する危機感が私たちの想像以上に上院メンバーのあいだでは強かったということだ。

ウクライナ国内では、今後、キエフの暫定政権、「祖国」、「ウダール」といった政党の指導者がどのような政策を打ち出してくるかが重要だ。ロシア語の公用語の地位を奪う法改正は暫定大統領が拒否したので、さらに妥協的な態度になるのか、それとも「右派セクター」などの過激派にひきずられるのか。過激派に暫定政権が引きずられていると、ウクライナは大変なことになるだろう。キエフの暫定政権はどこかで落としどころを見つけないといけない。

クリミアの展開について言えば、グルジアのサーカシヴィリ政権に先制攻撃を受けて南オセチアの首都ツヒンバリが壊滅的な被害を被った2008年の南オセチア情勢の展開がプーチンの頭にはあったかもしれない。そこで、先にロシア軍部隊の派遣の可能性を示してキエフの暫定政権を牽制したのかもしれない。2008年は、結局、南オセチアとアブハジアの分離独立ということになった。クリミアはどうなるか。キエフの暫定政権次第だ。

旧ソ連諸国の国境線は、もともと人為的に引かれた国内行政区画で、その境界線がソ連崩壊によりたまたま国際国境になっただけだ。例えばウクライナ東部では国境でロシア人が分断されている。強制移住でもしない限り、諸民族が共存するという状況はソ連時代から変わりはしない。

こういう状況では、国境の内側で起きていることは国内問題で、外国は無関係と、言いきれるわけではない。そもそも国民国家形成の歴史を持たないウクライナはウクライナという国をつくるためにこれまで苦労してきて、まだウクライナという国をつくれていないと考える必要がある。

クリミアに行くと、多くの人がここはロシアだと、ロシア語で言う。ヤルタの海沿いにあるチェーホフの『犬を連れた婦人』の像、少し高台にあるゴーリキーの像、名作文学の舞台となったクリミアがロシアではないと思うロシア人はいない。

ウクライナは、多民族、多文化共生の国家というウクライナのアイデンティティを新たにつくっていくしかない。西ウクライナ(ガリシア地方)の言語・文化・宗教を中心にして単一のウクライナをつくろうとすれば、それは無理というものだ。

ウクライナは今後、大小の摩擦を経てEU加盟へと向かうだろうが、そのためには国内のロシア人の権利を保障する必要がある。うまくいけば、それを契機にウクライナは西欧・中欧とロシアとの架け橋になることができるだろう。そんな未来を描ければよいのだが。
| about Ukraine | 10:12 | comments(0) | - |
ウクライナ情勢:難しいかじ取りの新政権
【2月27日(木)3:00に書き上げた原稿です。同日『共同通信』から配信されたものと思います。固有名詞等の表記は『共同通信』の基準に従っています。】

現在の西ウクライナの大半は第2次大戦中にポーランド、チェコスロバキア、ルーマニアからソ連領に併合された地域だ。他方、南ウクライナのクリミアは、1654年のロシアによるウクライナ併合300周年を記念して、1954年、ロシアからウクライナへ帰属替えされたものだ。当時、このことはソ連国内の境界の変更に過ぎなかったから、ロシア人はロシア文学の舞台としても有名な保養地クリミアがよもや外国の領土になるとは夢にも思わなかっただろう。実際、クリミアは2001年の国勢調査でも人口約203万人のうち58.3%(約118万人)がロシア人で、ウクライナ人は24.3%(約49万人)に過ぎない。ところで、その1654年のウクライナ併合は、実際には東ウクイライナの併合に過ぎず、西ウクライナがロシア領となるのは1750年代以降のことだ。この間、西ウクライナはポーランドの影響下でカトリックの地となった。他方、東ウクライナは10世紀末にキエフ公国のウラジーミル1世がギリシャ正教を国教と定めて以来の正教の地である。このウクライナの東西の歴史的背景の違いこそ今日の対立の遠因である。

東西の違いは宗教だけではない。20世紀に入ると、資源の豊富なウクライナ東部は工業化が進んだ。しかし、西ウクライナは農業地帯のままだった。ウクライナ東部と南ロシアの工業地帯は今でこそ国境線で区切られているが、ソ連時代はひとまとまりの工業地帯だった。ヤヌコビッチは、このウクライナ東部の工業都市ドネツク出身の政治家である。かくして、東ウクライナはロシア経済と深く結びついている。

こうしたウクライナの東西の違いは政治にも色濃く反映されている。ウクライナの大統領は、1991年以来、94年に選出されたクチマが99年に再選されたほかは、誰一人として再選されていない。しかも、91年以外は、いずれも決選投票にもつれ込む接戦であった。議会選も同様で、最高会議(議会)で第一党の議席が過半数を超えたことは一度もなく、2006年の地域党の議席率41%が最高で、それ以外は、いちばん最近の2012年の議会選を含め5回とも第一党の議席率が30%台に終わっている。ウクライナ政治の特徴はまさにエリートの分裂と言ってよい。この分裂はウクライナの東西対立に起因している。2004年冬の「オレンジ革命」も、親ロ派ヤヌコビッチが親欧米派ユーシェンコを僅差で破ったが、その結果に納得しない民衆がキエフの独立広場を埋め尽くし、やり直し投票でユーシェンコが逆転勝利したわけだが、そのユーシェンコ政権も「革命の盟友」ティモシェンコ首相の離反により混乱、2010年の大統領選ではヤヌコビッチが勝利して政権の座につき、そして今回の事件である。

キエフで成立した暫定政権は5月25日に前倒し大統領選挙を実施するとしている。このままいけば親欧米派政権が成立する見通しだが、その政権が欧州連合(EU)加盟・北大西洋条約機構(NATO)加盟に突き進み、ロシアとの関係を悪化させれば、東西分裂を引き起こしかねない。新政権は難しい舵取りを迫られるだろう。グルジアのバラ革命もウクライナのオレンジ革命もやがて失望に変わった。今は、今回の「革命」が少なくとも悲惨な犠牲をこれ以上出す結果にならないことを祈るばかりだ。
| about Ukraine | 22:55 | comments(0) | - |
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