RUSSIAN POLITICS / UENO'S SEMINAR
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このブログの管理人(上野俊彦)の見解は管理人個人のものであり、管理人の所属する上智大学を代表するものではありません。
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プーチンの「威嚇」?
話題の8月29日のプーチンと学生との質疑応答の一コマ。以下の部分を「ウクライナ情勢を巡り、欧米諸国とロシアの対立が深刻化している問題で、ロシアのプーチン大統領は29日、『ロシアは核大国だ。関わり合いにならない方が良い』と述べ、欧米側を露骨に威嚇した」と要約してる(8月30日付『毎日新聞』)わけだが、やや強引だと思う。私なら、「ロシアは侵略に備えている。ロシアとことを構えないほうがよいと思わせるためだ。ロシアは核大国であり、自国の安全保障のためにつねに軍の強化に努めている」と要約する。

Естественно, мы всегда должны быть готовы отразить любую агрессию в отношении России. Всегда наши партнёры, в каком бы состоянии ни находились их государства и какой бы внешнеполитической концепции они ни придерживались, должны понимать, что с нами лучше не связываться, что касается возможного вооружённого конфликта. Но, слава богу, думаю, что никому и в голову не приходит сегодня развязывать какой-то крупномасштабный конфликт с Россией.
Я хочу напомнить, что Россия является одной из наиболее мощных ядерных держав. Это не слова, это реалии. Более того, мы укрепляем наши силы ядерного сдерживания, мы укрепляем наши Вооружённые Силы. Они действительно становятся более компактными и более эффективными, они действительно становятся более современными с точки зрения оснащения современными системами вооружения. Мы продолжаем наращивать этот потенциал и будем это делать, но не для того, чтобы кому-то угрожать, а для того, чтобы чувствовать себя в безопасности, чувствовать себя спокойно и иметь возможности реализовывать те планы, которые имеем мы в области развития экономики и социальной сферы.
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ウソも百遍言えば本当になる?
国連は、これまでもイスラエル軍の攻撃で多数の民間人犠牲者が出ていることについて「国際人道法違反の可能性が高い」と指摘してきましたが、7月30日に国連パレスチナ難民救済事業機関の学校が砲撃されて7人の子どもたちを含む16人が死亡したことで、今回、改めてイスラエル軍を厳しく非難しています。

しかし、それにもかかわらず、7月30日、米国国防総省は、イスラエル国内に米軍が備蓄している弾薬のイスラエル軍への供与を承認し、8月1日には、米国上院がイスラエル軍に対する2億2500万ドルの追加拠出を全会一致で承認しています。

ということは、ますます、イスラエル軍によるパレスチナへの攻撃は激しくなる可能性があります。

人の命は、いかなる理由があっても奪われてはならないと思います。それは、東ウクライナでも、パレスチナでも同じです。ウクライナ政変では米国はロシアを非難していますが、米国もまた非難されるに十分な行為をこれまでもあちこちで繰り返しています。

政治学や政治史を勉強してきて、政治に公正など求めてもムダということは知っていますが、とりわけ国際政治はアンフェアな世界だと思います。

「ウソも百遍言えば本当になる」という私の座右の銘、これが冗談になればいいと思って初めての単著のまえがきで宣言したのが10数年前のこと。でも、いっこうに冗談のネタにはならず、それどころか、ますます政治は「ウソも百遍言えば本当になる」状況がひどくなっていると思います。
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直近の衆議院選挙から見た日本国の現政府に対する「国民の支持」について
民主主義の概念は多様であり、多数決もその中の一部に過ぎず、例えば、多数決と矛盾する少数意見の尊重というのも民主主義の概念に含まれています。さて、多数決についても、どの段階での多数か、が問われます。

例えば、直近の2012年12月16日に実施された衆議院選挙における自民党の小選挙区での得票率は43.0%、比例代表での得票率は27.6%、公明党を併せても、それぞれ44.4%、39.4%です。

投票率は衆議院選挙史上最低の59.32%でしたから、絶対得票率(選挙人総数を分母とした得票率)は、自民党だけだと小選挙区25.50%、比例代表16.37%、公明党を併せてもそれぞれ26.10%、23.37%に過ぎません。
つまり、小選挙区で自民党または公明党の候補者に、また比例選挙で自民党または公明党に投票した日本国民を、現在の政府を支持している国民と仮定した場合、現在の政府を支持しているのは、20歳以上の日本国民の23〜26%程度であるということになります。

しかも、前回の衆議院選挙の選挙区割りは最高裁によって違憲状態であると判決が出ています。またとくに小選挙区選出議員の多い選挙制度(衆議院の場合、小選挙区選出300議席、比例代表選出180議席)では、上記の得票率と議席数とは大きく食い違うこととなり、自民党は294議席(議席占有率61.25%)、公明党を併せると325議席(議席占有率67.70%)を占め、議席数だけ見れば憲法的多数(3分の2以上)となりますが、そもそも選挙区割りが違憲状態であるため、この議席数も正統性に疑念があることは言うまでもありません。

したがって、現政府を「国民が支持している」と言うのは間違いではありませんが、正しくは「選挙においては国民のおおむね4分の1程度しか支持していないが、違憲状態の選挙で選出された国会議員の3分の2以上が支持している」となります。
いずれにせよ、選挙でこの程度の支持しか得られていない政府が事実上の憲法改正を「閣議決定」でやってしまうのですから、すごいことです。

政治学を勉強したものとして、少し突き放した言い方をすれば、今回の出来事は、民主主義の制度を利用した少数者の非民主的な決定採択の好例と言えます。
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「集団的自衛権行使容認」は日本国憲法違反です。
日本国憲法第9条は「‘本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。∩姐爐量榲を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と定めています。

つまり、日本国憲法第9条は、国際紛争を解決する手段としての戦争および武力行使をしないこと、そのための陸海空軍その他の戦力を持たないことを定めているのです。

その憲法の規定がありながら、防衛省と、自衛隊という名の軍隊を持ち、しかも自国の防衛のみならず、他国への攻撃があったときでも戦争を遂行することができるとする「集団的自衛権行使」を容認するというのは、明らかに憲法違反です。

日本国憲法第99条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と定め、公権力の担い手に対して、憲法の遵守義務を定めています。

今回の内閣の「集団的自衛権行使容認」の閣議決定は、この日本国憲法第99条の国務大臣の憲法遵守義務違反です。

そもそも、現在の衆議院は、最高裁判決によって、違憲状態にあるとされています。その違憲状態にある衆議院によって選出された内閣総理大臣の率いる内閣で、あからさまな憲法違反の閣議決定がなされたことは、二重の意味で、憲法違反であり、憲法は国民の権利を守るために公権力の専横を抑制するものであるという近代憲法のよって立つ大原則である立憲主義を無視したものと言えます。

憲法に書かれていることもきちんと守れない日本の政府を誰が信用するでしょうか。私はこのような政府が日本の政府であることを非常に残念に思います。

軍隊を持つのであれば、憲法改正をしなければなりません。解釈改憲によって、たいていのことができるのなら、憲法はまったく空洞化してしまいます。私は、ここに最も強い危機感を持ちます。
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立憲主義の危機
(Twitter / Facebook 2014年6月28日 再録)

私は、「立憲主義」すなわち、憲法とは公権力の専横を抑制し国民の権利を守るためのものである、という考え方が最も重要なものだと考えています。したがって、日本国憲法第99条の規定するように、国民ではなく公権力の担い手にこそ憲法の遵守義務があるのです。

ところが、日本では、こうした立憲主義の考え方が弱く、とくに政治家の多くが立憲主義を理解しておらず、自分たちに憲法遵守義務が課せられているという自覚さえもないようです。
そもそも防衛庁と自衛隊を設置するときに憲法改正をしなければならなかったはずです。逆に憲法を改正できなければ、防衛庁も自衛隊も設置できなかったはずです。ドイツはきちんと憲法改正をして軍隊を持つことにしました。これこそ立憲主義の立場に立つものです。

憲法第9条の戦争放棄と戦力の不保持の規定があるにもかかわらず、自衛隊を持っていることは、そもそも憲法が無視されていることを意味しており、そのように自国の憲法さえ守ることができずに無視する政府が諸外国から信頼されるはずもありません。
まして集団的自衛権の行使など、憲法の規定とはまったく相容れません。憲法の規定を「解釈改憲」によって無視するというのは、まさに立憲主義の危機と言えます。
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2012年12月衆院選についての最高裁判決
最高裁のHPから、「平成25年(行ツ)第226号 選挙無効請求事件平成25年11月20日 大法廷判決」(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20131120165827.pdf)と「平成25年(行ツ)第209号,第210号,第211号 選挙無効請求事件平成25年11月20日 大法廷判決」(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20131120180726.pdf)をダウンロードして読んだ。けっこう長い。少数意見が興味深い。

とにかく、2012年12月16日に投票が実施された衆議院選挙は、「違憲状態」が最高裁の裁判官の多数意見だ。「違憲」、「選挙無効」との少数意見もあった。いずれにせよ、ただちに国会は、定数是正、選挙制度等の抜本的な改正に取り組むべきだ。それまではいかなる法律も採択すべきではない。まして、今国会で、憲法改正の発議などありえない。

これは民主主義の根幹に関わる問題だと思う。

 
| comments | 23:36 | comments(0) | - |
研究者の「重箱の隅」
元ネタが1年以上前の古い記事で恐縮だが、今日、たまたま朝日新聞のWebRONZAで、以下のような記述(青字部分)を含む記事を見つけた。この記事の筆者は、私よりはかなり若い世代に属するが、そこそこ名の知れた研究者で、ある大学の准教授をしており、国際政治学者、あるいは旧ソ連地域研究者、ということになっている。

さらに、反政府系の野党の政府公認を拒否したり、統一ロシアのやり方に批判的だった独立系の選挙監視団体「ゴラス」に強制捜査が入ったり、政府に批判的なインターネットサイト、ブログ、ツイッターを閉鎖するなど厳しいメディア統制を行ったりと、必死の対応が見て取れた。しかし、インターネットサイトの制限には手が回りきらず、選挙前日の3日には、中部エカテリンブルクの学校内で数人の女性が多量の書類に何かを書き込む姿が動画サイトユーチューブで投稿され、多くの人びとに視聴されてしまった。それは投票用紙の与党欄に丸をつける光景であり、投票箱に事前に入れる準備であったため、多くの批判が書き込まれた。

まあ、ユーチューブの動画は、どうせガセの可能性が高いのだが、それをここで問題にしようというのではない。問題なのは、この文章を書いた研究者が、そのユーチューブの動画さえ見ずにこの文章を書いている疑いがあるということだ。どうして、そう思うのかというと、「それは投票用紙の与党欄に丸をつける光景であり」という記述がなされているからだ。

四角の空欄に○をつけるのは、日本では普通だが、ロシアの投票用紙につけられた印としては非常に珍しい。私は何度もロシアの選挙を視察しているが、見た記憶はない。選挙の啓発ポスターなどを見ても、空欄にはレ点がつけられているし、実際、ほとんどのロシア人は、レ点をつけている。それ以外の印がつけられている投票用紙もまれに見かけるが、その場合の印はたいてい+である。これはもちろんキリスト教の十字架である。

つまり、投票用紙の空欄に○をつけるというのを、引用した文章を書いた人物は見ていないのではないかということだ。動画それ自体を見ていないか、あるいは、動画は見たがその動画で投票用紙に付けられた印を見ていない(見えない)ため推測したか、そのどちらかの可能性が高い。

研究者として、そんなんでいいのか、と思う。ささいなこと、重箱の隅をつつくようなことと思うかもしれないが、研究者は、そういうことをきちんと調べるのが仕事であり、だからこそプロなのだ。
| comments | 13:04 | comments(0) | - |
Facebookへの書き込みから
Facebookで論じたことを、ここで再録します。固有名詞の部分以外は、Facebookに書き込んだものと同一内容です。

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本当は短くまとめられることではないのだけれど、時間も
スペースもないので、簡単に書きます。私が研究の道に進む契機となったのも、ここでM・O両氏が議論しているような問題意識があったからです。

1960年代末から1970年代始めにかけて、日本でも労働者や学生の運動がピークを迎えていました。世界史的には1968年のプラハの春があり、パリやニューヨークの学生たちのストライキやデモなどが盛んになっていました(映画『いちご白書』を見よ)。

日本では1970年の安保改定、1972年の沖縄返還という政治問題がある一方で、ベトナム反戦運動や成田空港建設反対闘争等が継続していました。労働者のあいだでは高度経済成長のひずみが意識され始め、学校では、大学生の学費値上げ反対闘争、高校生たちの受験体制に対する反発などがありました。

1969年3月、高校入試を終えたばかりの私にとって衝撃だったのは、東大闘争のために東大入試が中止されたことでした。現役の東大受験生はもちろん、東大合格のため浪人までして頑張っていた受験生たちにとって入試の中止はあり得ない出来事だったと思います。そうした騒然とした雰囲気の中で高校に入学した私たち(1953年生まれの世代)は、高校1年生にして、いやおうなしに国際政治や日本社会のことについて考えなければならないことになりました。

未熟だった私は誘われるままに政治闘争(デモや集会への参加)にのめりこんでいきました。しかし、1972年の沖縄返還は何ら本質的な問題を解決せずに実現され、成田でも建設工事が始まり、他方で一部の労働者や学生たちが武力闘争を叫んで過激化していく中で、私は自分たちが目指していたものと正反対のことを実行することになる武力闘争には反発を覚えつつも、大きな社会の流れの中で何もできない無力感を感じていました。

「裏切り者」とか「オポチュニスト」とか「修正主義者」とか、そういったいま思えばそれ自体が宙に浮いたような虚ろな言葉を浴びせられながら、私はそれでも立ち止まり考え悩み、おぼろげながらも、自分なりに道を探り当てようと必死でもがいていました。

それから40年あまりの歳月がたち、いまだ、その道がきちんと探り当てられたというわけではありませんが、それでも20歳を少し過ぎた頃でしょうか、研究を志したときには、そのときなりのヒントをつかみかけていました。そのつかみかけていたヒントは研究のバネとなり、研究を進めていく過程で、いろいろなことがわかってきました。

その頃気付いたことは、こんなことです。

自分たちは、いかに頭でっかちで机上の空論を重ねていたことか。「ベトナム反戦」を叫んでいるのに、ベトナム人さえ見たことがない(昔は、今と違って、ベトナム人はほとんど日本にはいませんでした)。「革命」や「変革」を叫んでいるのに、自分の怠惰な生活さえ変えられない。学園の改革を叫んでいるのに、学校の教室はゴミだらけだ。成田空港建設に反対しているのに、建設省の木っ端役人の言う航空輸送の需要増大を根拠に空港建設が必要だとする説明さえ論破できない。自分は無力なだけでなく、あまりにも無知(たんに、書物から得られる知識が足らないという意味ではない)であり、ときには傲慢であったことに気付かされた。社会を変えていくということは、結局のところ、個人のレベルで、生活を変えていくことでしかないのだ、ということに気付いたのだ。体制が変わっても、個人の生活レベルで何も変化がないとしたら、それは変わったことにはならないのだ、と。

私の研究は、ロシアの政治制度や法制度を研究することであって、ロシア人の思想や日常生活を研究することではありません。たまたま法学部政治学科にいた私は、そういう研究について勉強する機会があまりなく、そういった研究のための方法もほとんど学びませんでした。私が学んだのは、政治制度や法制度の研究の方法についてです。しかし、政治制度や法制度は、一人ひとりの生活と無関係なものではないし、仮に政治制度や法制度が変わったとしても、その制度の中で生きている人々の生活や考え方が変わらなければ、その政治制度や法制度の変化は無意味な、文字通りの「机上の空論」であるということについては、十分わかっているつもりです。だからこそ、現実の政治過程(個人や集団がどのように動いているか)につねに関心を払っているのです。

「簡単に」と言いながら、facebookに書く文章としては、いささか長くなりました。私が言いたかったことをまとめましょう。M君の提起した問題は、研究という視点から見てきわめて重要な問題だということであり、それに気づき、それをどう理解していくかということが、社会科学の本質的な課題であるということです。
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プーチン・ロシア連邦政府議長の来日によせて

今日、プーチン・ロシア連邦政府議長が来日します。

ロシア政府要人が来日すると、必ず話題になるのが「北方領土」問題です。プーチン氏の今回の来日でも、この問題が解決に向けて具体的に前進するという可能性はほとんどないように思われますが、やはり今回も日本のメディアは「北方領土」問題について取り上げています。

そこで、私も、ここで、「北方領土」問題を取り上げようと思いますが、私にとって興味深いのは、この「北方領土」問題それ自体ではなく、現在の日本政府が、「北方領土がサンフランシスコ平和条約で放棄した千島列島に含まれないのは明白」と主張していることです。

この日本政府の主張は、たとえば、外務省のホームページから見ることのできる外務省『2007年版 われらの北方領土 資料編』の2ページ目に掲載されている地図のうちの、上から二段目の左側の地図の説明にも、見ることができます。また、これらの地図のうち、上から二段目の右側の地図には、「1951年のサンフランシスコ平和条約に基づく国境線」という説明が、地図上の択捉島の北側に引かれている線の説明として書かれています。

しかし、実は、日本政府は、「サンフランシスコ平和条約」が締結された1951年当時、そのようには説明していませんでした。

以下、この問題について、当時の国会の議事録などにもとづいて、見てみましょう。

1951年9月8日に日本を含む49ヵ国が調印し、同年10月26日に日本の衆議院が、また同11月18日に参議院が、それぞれ承認し(批准手続きの完了)、1952年4月28日に発効した「対日平和条約」(いわゆる「サンフランシスコ平和条約」)の第2条(c)項は、「日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と規定しています(いわゆる「北方領土」に関連する外交文書は、さしあたり、前述の外務省『2007年版 われらの北方領土 資料編』を参照してください)。

この「サンフランシスコ平和条約」第2条(c)項の「千島列島並びに・・・樺太の一部及びこれに近接する諸島」が具体的にどの島々であるのか、とくに千島列島がどの島を含むのかは、当然、この条約を批准する際、日本の国会で議論の対象となりました。

1951年10月19日、衆議院の平和条約及び日米安全保障条約特別委員会において、高倉定助衆議院議員は、「過般のサンフランシスコの講和條約の第二條の(C)項によりますると、日本国は千島列島の主権の放棄を認められたのである。しかしその千島列島というものはきわめて漠然としておる。北緯二五・九度以南のいわゆる南西諸島の地域の條文におきましては、詳細に区分されておるのでありまするが、千島列島は大ざつぱではつきりしていないのであります。そこで講和條約の原文を検討する必要があります。條約の原文にはクリル・アイランド、いわゆるクリル群島と明記されておるように思いますが、このクリル・アイランドとは一体どこをさすのか」という質問をしています。

この質問に対して、「サンフランシスコ平和条約」調印に際しての日本全権でもあった吉田茂総理大臣は、西村熊雄政府委員(外務省条約局長)に答弁させています。西村熊雄は、「條約にある千島列島の範囲については、北千島と南千島の両者を含むと考えております。しかし南千島と北千島は、歴史的に見てまつたくその立場が違うことは、すでに全権がサンフランシスコ会議の演説において明らかにされた通りでございます。あの見解を日本政府としてもまた今後とも堅持して行く方針であるということは、たびたびこの国会において総理から御答弁があつた通りであります。なお歯舞と色丹島が千島に含まれないことは、アメリカ外務当局も明言されました」と答弁しています。

これに対し、なおも高倉定助は、「このクリル群島と千島列島を同じように考えておられるような今のお話でありますが、これは明治八年の樺太・クリル交換條約によつて決定されたものであつて、その交換條約によりますと、第一條に、横太全島はロシヤ領土として、ラペルーズ海峡をもつて両国の境界とする。第二條には、クリル群島、すなわちウルツプ島から占守島に至る十八の島は日本領土に属す。カムチヤツカ地方、ラパツカ岬と占守島との聞なる海峡をもつて両国の境とする。以下省略しますが、こういうふうになつておる。この條約は全世界に認められた国際的の公文書でありますので、外務当局がこのクリル群島というものと、千島列島というものの翻訳をどういうふうに考えておられるか、もう少し詳しく御説明を願いたいと思います」と説明を求めています。

この高倉定助の2つ目の質問の趣旨は、明治8年、すなわち1875年の「ペテルブルク条約」(いわゆる「樺太・千島交換条約」)第二款において、「クリル群島即ち」として列挙した18島がクリル群島であり、これには択捉島と国後島は含まれていないので、「対日平和条約」で放棄した千島列島も、択捉島と国後島を含まない「ペテルブルク条約」の定めるクリル群島のことではないのか、つまり「サンフランシスコ平和条約」で放棄した千島列島には択捉島と国後島を含んでいないのではないかというものです。

この説明要求に対しても、再度、西村熊雄は、「平和條約は一九五一年九月に調印いたされたものであります。従つてこの條約にいう千島がいずれの地域をさすかという判定は、現在に立つて判定すべきだと考えます。従つて先刻申し上げましたように、この條約に千島とあるのは、北千島及び南千島を含む意味であると解釈しております」と答弁しています。

そこで、西村熊雄の言う1951年当時の「現在に立つて判定」すると、「サンフランシスコ平和条約」において「千島とあるのは、北千島及び南千島を含む意味である」ということになります。

そこで、「北千島及び南千島」というのが、具体的にどの島々を指すのかということですが、1951年当時、これは明確で、ペテルブルク条約でいう18島が北千島であり、少なくとも択捉島と国後島は南千島とされています。吉田茂が「サンフランシスコ平和条約」調印に際してサンフランシスコで演説したときにも、「南千島」という言葉を使っていますが、これも少なくとも択捉島と国後島を指して使っています。

つまり、1951年当時の日本政府は、「サンフランシスコ平和条約」で放棄した千島には、択捉島と国後島を含んでいると説明しているのです。そして、このときの日本政府にとっての問題は、歯舞群島と色丹島が、その南千島に含まれるか否かであって、だからこそ、西村熊雄は、「なお歯舞と色丹島が千島に含まれないことは、アメリカ外務当局も明言されました」と言及しているのです。

このように、1951年当時の日本政府は、「サンフランシスコ平和条約」で放棄した千島には択捉島と国後島を含んでいると説明していたのですが、現在は、まったく逆の説明がなされていることは、冒頭に見たとおりです。

つまり、日本政府は、1951年当時と、現在とで、千島列島に択捉島と国後島とが含まれるか含まれないかということについて、まったく逆の説明をしており、1951年以降に、条約の解釈を大きく変更しているわけです。

かつて、冷戦下において、ソ連と激しく対立していた米国政府は、「『サンフランシスコ平和条約』で放棄した千島列島には択捉島と国後島は含まれない」という現在の日本政府の主張を支持したこともありますが、多国間条約である「サンフランシスコ平和条約」のこのような解釈の変更が、国際法上、妥当なものであるのかということについては、検討が必要であると考えられます。

1951年当時の日本政府の説明に従えば、日本政府は、択捉島と国後島に対する請求権を持っていません。しかし、現在の日本政府の説明では、択捉島と国後島に対する請求権を持っているということになるようです。

しかし、日本政府の説明がどうであれ、日本政府が「北方領土」の返還を要求する際に、その「北方領土」に択捉島と国後島を含めていることが、かつて日本政府が調印し、国会が批准している、いわゆる「サンフランシスコ講和条約」の第2条(c)項の当時の日本政府の解釈と整合性がないこと、つまり現在の日本政府の「北方領土」返還要求と、1951年当時の「サンフランシスコ講和条約」第2条(c)項の解釈とのあいだの不整合が、日本の「北方領土」返還要求における国際法上の弱点なのではないかと思えるのです。

日本国憲法第9条と自衛隊の存在との憲法的不整合性、非核三原則と核保有軍である米軍の日本駐留との不整合性などを考えるにつけても、「法」や「原則」というものに対する日本政府の考え方に、私は疑問を持っています。

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